2007 年
12 月
9 日
カテゴリ:子育て・子育ち支援
子どもの成長にとって必要な環境とは?(12月議会質問@)
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「子育て」には悩みがつきもので、 「子育ち」においてもさまざまな課題を抱えながら、 親子ともにそれを乗り越えて成長していく。 けれども、昨今の社会状況等の変化により、 個人あるいは家庭内だけでは解決することが難しい問題が次々に噴出していることは、周知のことである。 子育ての困難や悩みが一般化している現状においては、 戦後まもなく制定された「児童福祉法」が謳っている“支援を必要とする子ども像”や 縦割りの行政組織にいつまでも捉われていては、 困っている子どもや家庭に対しての支援を実行することはできない。
障がいのあるなしや、いじめや非行、不登校やリストカットなど、子どもを表面的な現象で分けないで、 個々人の抱えている課題、個々人が何に困っているのかをしっかりと見極めて、 それに対して適切な支援策を講じていくことが不可欠であると、 私はこれまで何度となく、さまざまな場面で提案させていただいている。
これまで私は、子どもたちの成長において障がいのあるなしの線引きが難しくなっている現状、またノーマライゼーションの社会を構築するためにも、 「障がい児」を“特別な子”として取り出し、特別のメニューで支援している現状に疑問を感じるということを常々申し上げてきた。 なぜならば、一般的に手厚い支援といわれていることが、 子どもの立場から見ると、逆効果になっているのではないかと思われるからである。
たとえば、“発達障がい”が 社会的な課題になっている。 なぜ、近年これほどまでに認定あるいは想定される数が増えたのかということについて、 さまざまな論や学説が述べられている中で、私が唯一納得した論がある。
それは、今も昔も子ども自体はなんら変わっていない。 ただ、昔は今に比べて、就学前から子ども同士が群れあう機会、ぶつかり合う機会が多かった。 そのやり取りの中で、みんなで遊べるためにはどうしたらいいのか、子どもたち同士が考え合って、 あるときは我慢し、あるときは認め合いながら、コミュニケーションのスキルアップを含めて、 他者との関わり合いを、365日毎年毎年積み重ねながら学ぶことができたので、 学校に通う頃には、たいした問題にはならなかったというものである。
自分の子どもの頃を思い出しても、また、我が子の子育ちを振り返ってみても、まさにそういうことなんだろうと思う。
子どもの成長には大人の適切な支援が必要だが、残念ながら、大人ではいかんともしがたいこともある。
子どもは自分と同じ子どもに興味・関心を示す。 関わりたいと思う。仲良くしたいと思う。その子と同じことをしたいと思う。競争して勝ちたいと思う。けんかしても仲直りしたいと思う。相手が泣いている時には慰めたいと思う。 そのような思いを体験する中で、誰に教えられるのでもなく、 子ども自身が自ら獲得していくしかないものもあるんだということ、 そのことが人間の成長にとって実は何よりも大切だということを、 私たち大人は自分のプライドをかなぐり捨てて、認めていくことが、とても大事なことだと思う。
他の子と関わることが困難であった場合、 それを解決する方法は、子ども同士の関わりの中で自らが獲得する以外ない。 大人ができることは、子どもを分けたり、排除したり、先回りしてトラブルを回避するのではなく、 子どもたち自身が関係性を培っていくきっかけをつかんでいけるまで、辛抱強く見守ることである。
以上を踏まえ、特に課題を抱えた子どもに関しては、 これまでと全く逆の支援の発想で、 むしろ地域で多様な子どもたちとぶつかり合う環境をしっかりと保障していくことこそを求めたいと思うが、 現在、そのことに関して行政が目指す方向性をお示し下さい。
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