2005 年
7 月
27 日
カテゴリ:就労支援
「働く」ということ
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失業率の推移とともに、働ける人を増やすために、国はさまざまな労働施策、就労支援対策を打ち出してきます。また、働いていない若者に対しても、なんとか働く意欲をもってもらおうと、いろいろな取り組みが始められようとしています。 一方で、この社会の中で、長らく働いていない状況にあるにも関わらず、特に問題とされていない、つまり“働かなくてもいい”とされている人たちがいます。 それは、結婚した女性と障がいのある人です。
以前、ライツこくぶんじの編集委員をしていたとき、女性の再就職をテーマに市内の専業主婦にアンケートをしたところ、9割近くの人が「再就職したい」という意思をもっていました。にも関わらず、実際に求職活動をしているのは、ほんの一握りでした。 私自身、「子どもがまだ小さいのに、なんで働きたいの」とよく聞かれます。かつて、なぜ登山をするのかと聞かれて、「そこに山があるから」と答えた人がいたそうですが、私もまさに「働きたいから」としか答えようがありません。小さい子どものいる父親が働くことに対してはなんの理由も求められないのに、なぜ、母親にだけ働くことに対する理由を求められるのだろうかと、全く納得がいきません。
“働かなくてもいい”とされている状況は、「働かなくてもいい」という権利が保障されている状態なのではなく、むしろ、「働きたい」という権利が全く保障されていない状態であり、結婚した女性と同じ状況にあるのが、障がいのある人なんだということに、最近気づきました。 本人の意思とは別に、「障がいがある」とか「家庭を守ることが第一」などの理由で、働く意欲を持つこと自体を否定され、働くことに対しての自信を喪失させられている人は少なくありません。
「働きたい」という気持ちに、理由づけは必要ないと私は思います。 生きていく上での基本的な権利のひとつとして、これからは大いに声を上げ、社会の認識を変えていくことが求められます。
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