2006 年
2 月
8 日
カテゴリ:ジェンダーを考える
ジェンダーを考えるD
〜ジェンダーという、新しい概念を自分なりに考える〜
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ジェンダーの概念を私なりに解釈すると、 「性別によって“こうあらねばならない”という思い込み」ではないかと思います。 ジェンダー・フリーは、「その思い込みから解き放たれる」ことであり、「性別によって、社会的に不利益をこうむっている状況をなくす」ということでもあり、不利益をこうむっている性(女性に限らず、男性も)に対するエンパワーメントも、この「ジェンダー・フリー」という言葉には含まれています。
たとえば、「男女平等」の概念もジェンダー・フリーには含まれますが、完全に一致しているわけではありません。 男女平等とは、文字通り「男」「女」の区分ありきで、その2つの枠組み間での平等性を保障していくということですが、そこには大きな課題があります。 一つは、同性一人ひとりの状況は一致しているわけではない。 もう一つは、性差に伴う既成概念は固定化されたまま、ということ。
社会的な生き難さについて性別を単位にして考えるのではなく、 個人を単位として、性差のしがらみによる影響を考えていくこと、これがとても重要なポイントなのです。
私はジェンダーという概念に初めて出会った時、数学における公式のように、社会的課題のもろもろの根源が、霧が晴れたように見えてきました。 ただ、まだまだ一般的な言葉ではないため、誤解を招きやすく、なかなか共有することができないのは事実です。 確かにあちこちで指摘されているように「日本語で、わかりやすい言葉にせよ」というのはごもっともなのですが、はたしてこれだけの意味を含む言葉が日本語であるかなというと、非常に難しいです。
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