2007 年
2 月
20 日
カテゴリ:いろいろ思うこと
現代の若者の「懊悩」を計る物差しがない
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今日、偶然に中村雅俊さんの「ふれあい」を聞き、 その歌が挿入歌で、彼が高校教師を演じたドラマを思い出しました。 ご記憶にある方もいらっしゃるでしょうね。 私はまだ小学4年生でしたが、「青春」に憧れてよく見ていました。 毎回なにかしらのトラブルがあり、 何らかの原因によって、苦しみ、悩み、もがく若者が登場し、 それを見過ごせない仲間や教師や諸々の人たちによって、 その苦悩の源が明らかになり、なんとか解決するというストーリーでした。
あらためて思い出してみると、 ドラマということを差し引いても、 若者の混乱の原因が、実にわかりやすいことに気づきます。 両親との不和、家庭の経済的な貧困、将来への漠然とした不安、幼い恋愛の失敗などなど、 最初は「なんでこんなことになっているんだろう」と疑問に思っていた視聴者のほとんどが、 ラストには、「なるほどね」と共感できるような、「苦悩の原因」が用意されていました。
あれから33年経った今も、若者の苦悩は続いています。 ただ、現代の若者の苦悩の原因が、万人に分かりにくいものになってきたということを感じています。 近年、若者が加害者となった事件を取り上げてみても、 なにが行為の引き金になったのか、万人の納得いく解答がなかなかないということが、特徴でもあります。 大人しくてこれまで人間関係のトラブルがなかった子、 テストの点数も良く、学級内でも何の問題もなかった子、 近所の人にもきちんと挨拶でき、家庭内でもいい子だった子、 そんな子どもたちが、なぜ、他者に危害を加えざるを得えない状況にまで追い込まれてしまったのか。 恐らく、苦悩する本人ですら、何が自分をこんなにもイライラさせているのか、 その原因の追究が出来かねているのではないかと思います。
何かを解決するときに、混乱の起因となるものを特定できた段階で、50%以上解決できたも同然だという人がいましたが、 私もこれまでの体験の中で同様のことを感じています。
現代の若者あるいは子どもたちの懊悩は、 貧困や成績不振や人間関係の不和などという既存の目盛り・物差しには 当てはまらない何かを起因として引き起こされています。 新たな原因を探るためには、 社会の状況がいかに子どもたちの考え方や生き方に影響しているのか、 改めて考察する必要があります。
現代の若者や子どもたちを取り巻く環境が大きく変わってきているからこそ、 私たち大人は「思い込み」ではなく、 常に今を生きている子どもたちの最善の利益を優先する視点を持って、 子どもたちをしっかりと見つめていくことが求められています。 じゃないと、苦しんでいる若者を救うことはできません。
【関連する活動報告】 矛盾だらけの社会を生きている子どもたち@ 矛盾だらけの社会を生きている子どもたちA
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