2007 年
2 月
3 日
カテゴリ:いろいろ思うこと
「文化」って、何でしょうか?
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今日は、「節分」でした。 私はすっかり忘れてしまっていたのですが、 夫が豆を買ってきたのをきっかけに、 ずっと前から“予約”していたとおり、娘が鬼のお面を被り、 我が家でも豆まきをしました。 うちの子たちは、屋外に向かってまくのは「もったいないから」と、家の中でまき散らし、 「鬼は外」とまいた豆ですら、片っ端から拾って食べていました。 「そんなんじゃ、家の中から鬼が逃げていかないよ」と言うと、 「もともと鬼がいるわけ無いじゃん。それをわかっていて外にまく方が、もったいないでしょ!」とのこと。
こんなこと書くと叱られるかもしれませんが、 実は私も子どもの頃から、「何でこんな意味の無いことをするのかな〜」と思いながら、 豆をまいてたクチなのです。 七夕もそうです。 短冊に願い事を書いて、本当に願い事が叶うとは思っていませんでしたし、 お節料理も、「これで一年間、無病息災で過ごせる」と思って、食べたこともありませんでした。 季節の行事にあまり興味・関心の無い自分に対し、 なんだか“日本人ならではの感性”に欠けてるようで、 引け目を感じたこともありました。
でも、大人になってから、「文化」として伝承されている行事等についての、 数々の成り立ちやいわれを知るにつれ、 「それって、駄洒落じゃん」とか「単なるコジツケじゃん」とか「誰かの都合じゃん」と、 思わざるを得ないことも多々あり。 「古きこと」すべて「正しき哉」と思い込むのではなく、 今の自分たちの生活に合わせて、 何を取捨選択していけばいいのかということを、 自分自身の頭で考えること方が、 ずっとずっと大事なことなんだということを、実感しています。
古人は古人の生活スタイルの中で、必要な文化を築いてきました。 その文化が成り立ってきた「意味」を知ることこそが、 現代を生きる私たちにとって、 非常に大事なことだと私は思います。 かつて、子どもは、一定程度の年齢に達するまで名前を与えられなかったこと。 かつて、女性は“穢れ”た存在として扱われてきたこと。 縁起を担ぐことでしか、自分たちの運気を変える術を見い出せなかった時代のこと。 ごく上流階級だけの「文化」として受け継がれてきたもの。 ある特定の人たちに都合のいいように、ある時代から用いられてきたもの……などなど。
それに対して、自分はどう思うのかを問い直していくことはもちろんですが、 けっして、そのことに縛られるのではなく、 現代は現代の生活スタイルに合わせた「新たな文化」を築いていって、いいんだと思います。
「古くからの文化を継承する」ことに縛られるあまりに、 「現代における個人の尊厳」が、損なわれることのないよう、 しっかりとチェックしていかねばと思っています。
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