2007 年
1 月
8 日
カテゴリ:いろいろ思うこと
ヤマアラシのジレンマ
〜人間関係は、お互いに積み上げていくもの〜
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結婚したての頃、今まで全くの他人だった人たちが、いきなり「身内」になり、 その関係のとり方が上手くいかなくて、 ちょっと精神的に不安定になったことがありました。 それで、大学時代のゼミの先生(臨床心理カウンセラー)に相談して、 奈良障害者職業センターというところで、働くことにしたのです。
働くことで、「妻」とか「嫁」とか「主婦」とか、 誰かや何かに属する存在ではなく、 時間やお金や固有名詞や属性など、「自分だけのもの」を取り戻すとともに、 「私自身」を再認識することができ、 立ち位置が徐々に定まってくるような感じがありました。
その頃、何気なく読んだ『精神病理学』の専門書の中に、 「ヤマアラシのジレンマ」という言葉が載っていました。
≪寒さに震える2匹のヤマアラシ。 お互いを暖め合おうと近づいたが、近づけば近づくほど、 自分たちの棘でお互いを傷つけてしまう。 だからといって、離れてしまうと、寒い。 そこでヤマアラシは、近づいたり離れたり、試行錯誤を繰り返しながら、 お互いを傷つけ合わず、けれども暖かい、 ちょうどよい距離を見つけた。≫ ショーペンハウエルのこの寓話をもとに、 「ヤマアラシのジレンマ」として、 人間関係における葛藤・アンビバレンス(同一対象に対して、相反する感情を同時に抱くこと)を考察したのが、精神科医のフロイトです。
私は大学時代に心理学を専攻していたので、フロイトのことは勉強していましたが、 当時はなんかピンとこなくて、今いち心に響いてこなかったのです。 でも、この考察ひとつで、「フロイトって、すごい!」と、 救われるような思いになったことを、今でもはっきりと覚えています。
人間関係が上手く結べないのは、 相性が悪いわけでも、私がわがままなわけでも、何でもない。 人間関係とは、お互いがお互いの心地よい距離感を そろそろと探りながら、いい塩梅に量っていくもんなんだ。
自分自身でもわけのわからないモヤモヤした感情を、 わかりやすく、論理的な「概念」として説明されることによって、 自らで、解決・解消の糸口、道筋を見い出すことができるんだということを、 このときに実感しました。
今、「家族のぬくもり」「地域の顔の見える関係」が、 見直され、求められています。 一方で、それは両刃の刃でもあります。 家族ゆえに傷つけあうことも多く、 また、地域においても、いかにプライバシーを保護していくのかが、 大きな課題となっています。
でも、こんなアンビバレントな状況だからといって、 諦めたり、投げやりになって、 寒くて凍えそうな状況なのに、 痛くて堪らないのに、 我慢してはいませんか?
人は誰でも、痛いのはイヤです。 それと同じくらい、寒いのもイヤです。
人間関係は、親子だから、近所だからといって、 自然発生的に構築できるものではありません。 お互いに少しずつ積み重ねていくものだと、私は思っています。 自分はもちろん、相手にとっても、 寒くもなく、痛くもない状況を推し量りながら、 お互いにとって心地よい状態をつくりあげていくものです。 その作業は、もしかして、とてつもなく時間のかかるものかもしれません。 でも、どこかに必ず「適度な距離」は存在するのです。
大事なことは、「お互いに」、そのことを認識することではないかと、思います。
これらの課題や諸々を踏まえた上で、 いろいろな仕掛け、種まきをしながら、 ぜひとも地域の中で、「痛くなく、けれども暖かい」関係性を広げていきたいと思っています。
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