2006 年
4 月
8 日
カテゴリ:子どもたちのこと
子どもの安全を確保するための取り組みについてB
〜最後まで、絶対にあきらめないことを教えて!〜
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昨年の7月、息子が通う小学校で実施された、警察官による防犯指導「セーフティ教室」に参加しました。 全校児童が体育館に集まりましたが、とても蒸し暑い上に、マイクを通しても声が聞き取りにくいので、大人でも集中するのが大変でした。 各学年ごとに1名、前に出され、大人に羽交い絞めにされて連れ去られそうになったとき、どうやって防御・抵抗すればいいのか、警察官による実技指導(?)がなされました。 全身の力を抜いて、地べたに倒れこむようにすれば、大人でも持ち上げるのは難しい・・・と、ここまではよかったのですが、 「これでダメだったら、もうあきらめるしかない」と!! その実技指導と最後の言葉は、各学年ごとに計6回繰り返されました。
私は帰宅するなり息子に向かって、「今日、セーフティ教室で警察のおじさんはあんなこと言ったけど、なにがあっても絶対にあきらめちゃダメだからね。必ず誰かが助けてくれるんだと信じて、最後まで頑張って。あきらめたりしたら、もうお母さんや家族のみんなに二度と会えないんだから!」と言うと、 「うん、頑張って暴れてやる!」とのこと。
実際に起こった事件を扱う警察の視点と、子どもの成長を支援していく教育の視点は、基本的に違うと私は思っています。 防犯指導を警察に任せるのもいいですが、根本的な考え方にすれ違う部分がある場合、子どもたちには何らかの形でフォローすべきです。 「ゲーム脳で、命もすぐにリセットできると勘違いしている」と、子どもを批判する風潮がありますが、 当の大人自身が、遭うのか遭わないのかわからない状況設定をした上で、「こうなったら、あきらめるしかない」と、子どもたちの生に対する執着をあっさり否定していいのでしょうか?
犯罪のほんの一例を挙げ、こんなときにどうすれば助かるのか助からないかという短絡的で狭い視点ではなく、 犯罪を含め人権侵害である暴力の存在をしっかりと認識した上で、 その被害からいかに自分の尊厳とひとつしかない大事な生命を守るのかということを、大勢の集まるザワザワとした中ではなく、 顔の見える関係の中で、子どもたち自身が真摯に考え合う機会こそが、 子ども自身が危険回避に対する力をつけていくための真の取り組みだと思いますが、いかがでしょうか。
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