2006 年
3 月
4 日
カテゴリ:子どもたちのこと
親だからといって、子どもの気持ちが全てわかるとは限らないの巻
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今日は子ども会の地区歓送迎会。 新一年生になる娘も、ご招待を受けて参加。私は役員なので準備でバタバタしていたら、娘が集団の中にポツンと、緊張した面持ちで立っていました。誰も知り合いがいないということに気づき、孤独と不安な気持ちを抱えているんだと可哀相になってしまいました。 会が始まり、新一年生は一人ひとり自分の名前を言うことになり、次々とテンポよくマイクが回っていましたが、娘のところでパタリと止まってしまいました。今回、お手伝いに入ってくれている東京学芸大学の地域子ども会活動サークル「むぎのこ」のお姉さんが何かとフォローしてくれていましたが、とうとう泣き出してしまい、思わず私が代わりに名前を紹介して次にマイクを渡しました。 人見知りで、初めての場所ではものすごく緊張するタイプなので、恥ずかしいのと心細いのとでパニックになってしまったんだと思い、入学したらいつもいつもこんなふうに私が助けてあげることはできないんだと、なんか心配と不憫さで私もちょっと涙ぐんでしまいました。
泣いたのを引きずらなければいいナと思っていたら、ゲームではむぎのこのお姉さんにいろいろと話し掛けたり、飛び跳ねたりして笑顔も出ていたので、ちょっと一安心。 新一年生へのお祝いとお菓子のお土産ももらい、会が終わると後片付けが残っている私を待たずに、一人でさっさと帰ってしまいました。
家に帰って感想を聞くと「楽しかった」とのこと。泣いたこと、気にしてたらいけないので言うまいと思っていたけど、夕方になって、ちょっと冗談めかして「なんで泣いちゃったの?」と聞いてみる。「お友だちが誰もいなくて、心細くなっちゃった?」と聞くと、 「そうじゃなくて、かたはた○○子って言えばいいのか、○○子だけでいいのかわからなくて、困って泣いちゃった」とのこと。「でも、泣いてたら、○○とか○○とか○○とか(むぎのこさんのニックネーム)が助けてくれたの」と言うので、「おかあさんも助けたじゃない。代わりにお名前を言ったり、抱きしめたりしたでしょ」と言うと、「え。そうだっけ?」と・・・・・・・・・・・・。
泣いた理由も助けてもらいたかった人についても、自分の思い込みと娘の気持ちとの間のあまりの「ズレ」に、思わず苦笑してしまいました。 いつまでも「おかあさん」だけを見つめて、頼りにしている赤ちゃんではなく、娘は確実に「外」に対して目線も気持ちも向かっているんだということに、あらためて気づかされました。 これからは泣いているときも悩んでいるときも、私を求めて私の胸に飛び込んでくる以外は、余計な手出しはしないで、じっと見守っていようと思います。
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