2005 年
7 月
10 日
カテゴリ:子どもたちのこと
子どもはいつも元気よく、大きな声で、誰にでもあいさつを!?
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先日、下の子が以前通っていた保育園の夏まつりに行きました。 久しぶりに会う先生方に挨拶して回りながら、ふと後ろを見ると、上の子が手を前に組んでお辞儀をしながら、一人ひとりに「こんにちは」と言っているので、驚きました。 この子は、近所のおばさんに挨拶してもらってもいつも知らん振りなので、挨拶できない子だと思っていたのですが、兄としての責任感なのか、顔見知りの先生に懐かしさを感じたからなのか、必要だと感じたらきちんと挨拶ができるんだと、大きな発見でした。
以前、ある会合で「子どもに挨拶したら、知らん顔された。学校でそういう指導がされているようだが、どうなのか」という意見が出たので、思わず、「たしかに防犯面からそういう指導もあるかもしれないが、よく考えてみてほしい。子どもに限らず、私たち大人も、いきなり見知らぬ人から挨拶されて、とっさに気持ちのいい挨拶を返せる人がどのくらいいるか。最初は、なぜ私に挨拶するのだろうかと、戸惑うのではないか。また、子どもだって、虫の居所が悪いこともある、友だちとの話に夢中になって気づかないこともある、そういう子ども側の状況も理解しながら、挨拶のし合える関係性を、じっくりとつくり合っていくことが大事なのでは」と言いました。 「いつでも」「どこでも」「誰にでも」「元気よく」「大声で」挨拶する子どもを、社会全体が求めているような気がしますが、子どもって、そんなに単純ではないのです。
私自身、子どもの頃は、大人に対してあまり挨拶のできない子でした。 というのも、大人というものは、挨拶をし合える関係を結びにくい存在だったからです。近所のおばちゃんとか友だちのお母さんは挨拶する関係だけれど、それ以外の人はどうなのか? この人はそうかなと思って挨拶しても無視されたり、不思議そうな顔をされたり。 子どもだって、挨拶したのに無視されるのは嫌な気持ちです。傷つかないように、会う人会う人に、この人はどうなのかなと迷っているうちに面倒くさくなって、「曖昧な関係の」大人が通るたびに顔を伏せて走り過ぎていました。 当然、評判は悪く、親からも何度か注意を受けましたが、自分は自分なりの「挨拶する関係を結ばない理由」があったので、平気でした。(そういう批判をする大人はたいがい自分からは決して子どもに挨拶をしない人か、せっかく挨拶したのに気持ちのいい挨拶を返してくれなかった人でした)
このコミュニティの中で、大人たちは挨拶をし合わない関係を持ち合わせているにもかかわらず、子どもには常に「どの人に対しても」挨拶することを求めています。 子どもにそれを求めるのであれば、まず、大人たちがこのコミュニティの中で「誰とでも」挨拶をかわす関係をつくっていく必要があります。それが面倒ならば、子どもにも求めない。 大人の世界も子どもの世界も統一していかなければ、子どもは混乱してしまいます。 たかが挨拶、されど挨拶。挨拶ひとつするにも、子どもなりに大人のやっていることを横目で見ながら、時には批判も交えながら、いろいろと考えているのです。
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