2006 年
1 月
11 日
カテゴリ:活動報告
成人式に参加して思ったこと
|
1月9日午前11時から市民スポーツセンターにて、「平成18年国分寺市成人式」が行われました。市内の新成人(昭和60年4月2日〜昭和61年4月1日生まれの人)は、1,323名とのこと。
市議会議員としてこれまでに3回、成人式に参加しましたが、そのたびに何かもどかしい思いにかられます。昨年もホームページで、いろいろと思いついたことを書きましたが(活動報告バックナンバー「成人式に出席しました」(2005年1月16日更新分)をご覧ください)、今年も全く同様のことを感じました。
成人式というのは単なるお祝いに留まらず、成人して今後どうなってもらいたいのかという、社会の思いが反映されたものではないかと思います。 それぞれの自治体は成人式事業に対してどういう目的を持ち、どのような成果を期待して、多額の税金を投じているのでしょうか? 一時期、「荒れる成人式」がマスメディアで次々に取り上げられ、若者たちが責められていましたが、 形式主義の単なる惰性で、誰のために、どっちを向いて実施しているのかわからないような内容になっていなかったのか、主催する側の事業評価の方が、実は重要です。
世の中や大人、既存のしくみに対する憤りや反発、 自分の理想を描き、それを実現するための大いなる意欲、 失敗をしてもやり直すことのできる時間的な余裕、 それらを内包した若い世代こそが、時代を変え得る力を持っているのではないかと、私は最近思うようになりました。 私たち既存の大人社会は、若者の無礼さ、生意気さ、価値観の違いを一方的に批判し、潰すのではなく、むしろ、時代に通じた新しい視点を持つ新成人として大歓迎し、しっかりと受け止めるくらいの度量の広さが求められているのではないでしょうか。
様々な場面で格差が広がりつつあるこれからの世の中において、ますます人々の不安感、無力感は募っていくであろうという予測がなされています。 新成人の有り余るエネルギーを社会性のあるものとして昇華し、ぜひ社会の方向性を変えていく原動力になってほしいという社会の期待、既存の大人社会の貪欲さこそが、 今の成人式には大きく欠けているのだと思いますが、いかがでしょうか。
|
|
|
活動報告 最新20
|