2005 年
1 月
16 日
カテゴリ:活動報告
成人式に出席しました
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1月11日(祝)・・・国分寺市の成人式に来賓として出席しました。
「成人式」の成り立ちや主催する側の意図はともかく、 参加する側は恐らく、式に出席する大きな目的は、「旧友と再会すること」ではないかと思います。 友人・知人に対して、久しぶりの自分をどれほど大人っぽく見せるか、成長ぶりをどうアピールできるか、そのことこそが式に参加する大きな動機づけであり、最大の関心事であるのでしょう。 その辺の意識を汲んでか、今年は30分程度で式典が終了するという、本当にシンプルなプログラムになっていました。 その代わり、式の後には中庭にテーブルと茶菓子が用意され、友人と話ができるような心配りもあり、「なるほどなぁ」と感心しました。
実は、私は自分自身の成人式には、出席しませんでした。 私は、「子どもであること」がとても退屈で、とても窮屈で、非常に無力さを感じていたので、本当に早く「大人」になりたいと思っていました。大人になって「主体的に何かをしたい」と、ずっと思っていました。 でも、20歳の誕生日を過ぎても、相変わらず自分が何をしていいのかわからないまま、自分にどんな力があるのかもわからないまま、内から湧き上がってくる「やる気」を実行する術もなく、悶々と過ごしていました。だからこそ、成人式でいくら「あなたは、今日から大人です」と宣言されたとしても、その責任を担えていない自分を自覚している分、非常に空々しい形式的なものに感じ、式典には参加しませんでした。
「成人式」を単なる「同窓会」にするのも一考かもしれませんが、 市が主催する行事に、これほどまでに若者が参加してくれるなんてことはめったにありません。 また、新成人にとっても、市長や教育委員や市議、さまざまな地域の活動に関わっている大人たちに会う機会はそんなにないと思います。 せっかく顔を合わせたこの機会を通じて、市民として、まちづくりに関わっていく一員として、何か思いを共有できるような時間を持つことができれば、今後の生活もきっと変わっていくのではないかと思います。 式においても、新成人をお客さん扱いするのではなく、これからのまちづくりを担っていく主体者であるという認識のもと、 少しくらいの負荷、宿題に取り組んでもらってもいいのではないでしょうか。 これまで育んできた力を信じて、まちづくりの一環を托すことこそが、新成人の存在を尊重することであると、私は思います。 たとえ大人になり得ていなかった人も、式に参加することで何かきっかけを掴めるような、そんな工夫・仕掛けのある成人式であれば、20年前の私も出席する気になったかもしれません。
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